小学校2年の時、兄について学校の少年団の練習にいったのが、サッカーとの最初の出会いであった。「そのまま自然に」少年団に入り、高学年になると市の選抜チーム浜松FCのメンバーに選ばれた。しかし、レギュラーにはなれず、特別サッカー漬けの日々を送ったわけでもないようだ。中学に入ってFWから中盤に移り、浜松商業へ。タイトルには無縁の3年間出会ったが、その3年目名門校清水商業高校との試合に負けたことが、鈴木の負けず嫌いの性格に火をつけた。高3の夏、ジュビロのテストを受けることになり、そしてDFへコンバートされた。
長いサテライト生活を経て、95年6月初スタメン、8月には五輪代表候補にも選ばれた。「ストッパーとしても凄いし、サイドバックとしての攻撃力もある。スピードのあるDFはあまりいないから、はやさのある守備を楽しむ。」といわれる若きジュビロの”エースキラー”となった。次は日本代表を目標にこれまで以上の努力や運が必要とされる挑戦。負けず嫌いの性格や、真面目さや、課題を見抜く力と共に、「誇り」がその挑戦の支えとなるだろう。